叔母

666 :1/2 2011/10/13(木) 17:46:04 0
うちの父の妹(以下叔母)は30代なかばで旦那を亡くして
二人の子を女手ひとつで育ててきた。
そんな叔母に再婚話が持ち上がった。

相手は叔母の職場つながりで知り合った人。
子どもができない体だと若いうちにわかったんだそうで
それが原因で50近くなっても結婚せずにいたという話だった。

従姉と従弟(叔母んとこの子二人)も
「いい人そうだし優しいし結婚には賛成」
と言ってた。

それが結婚直前になっていきなり破談。
理由は叔母の結婚相手が、盗撮で捕まったから。
しかも写真は小中学生ばかりだったので
「まさか従姉ちゃんを毒牙にかけようとしていたのか!!?」と親戚一同激怒。
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798 :おさかなくわえた名無しさん 2017/11/08(水) 09:20:00 ID:/z06CPUT.net
母の妹の叔母にスレタイ
でお願いします

昨年祖母が、今年祖父が他界。
叔母一家はそのどちらの通夜も途中で帰った。
四十九日は遅刻。
目の前で膳を用意したりお下がりを分けている我々に目もくれずスマホをいじってずっと座っており、他の客と一緒に片付けもせず帰った。
祖父の百日参りは現れず、母がLINEをしたら「今日だったなんて聞いてない」と返事。
確かに日時を連絡した部分をスクショして送ったら既読スルー。
やがて母のLINEをブロック。
先日法律事務所から封筒が届いた。
前提として祖父の遺言では財産は全て母にと言うものだったが、母は叔母と相談し、双方納得して財産を分けていた。
そこをもっと貰えるはずだと弁護士を立てて請求してきた。
「精神に不調を来たしているから全ての接触は弁護士を通せ」とのこと。
何かもう空いた口が塞がらない。
私たちがどんなに悪く言っても「実の妹だから」と信じて仲良くしようとしてきた母があまりにも哀れだ
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604 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2016/05/10(火) 21:57:25 ID:xZV8gRJP.net
私からも武勇伝を一つ。
先日私の父方のひいひいおじいさんが亡くなりました。92歳の大往生だったのですが、その時の葬式の話です。
葬式に行ったら、香典を出しますよね。
その額について旦那(48)と大分話し合った結果、結局家計を省みて香典は1500円を包みました。
なぜこんな額なのかというと、うちの家計は火の車でした。私はいま36歳なのですが、大学生の息子が2人と小学生の息子と赤ちゃんがおり、ふたりとも地方の私大に通わせているのでほぼ贅沢の余地がありません。なのでこんな香典の価格なのです。
で、話を元に戻しますが、葬式には旦那と下の息子2人と私で行きました。
息子が腹を壊しており、少し遅刻してしまいました。すでに読経も始まっていました。
そこで私の叔母が受付係をやっていたので、そこで香典を渡しました。
すると叔母は
「なんだこの額は!1500円?ガキの小遣いと間違えたんとちゃうんか?」
と大声で言いました。そして畳み掛けるように、
「なんや赤ん坊なんて連れてきよって!葬式やぞここは~!怒るでしかし!」
と怒鳴りました。
私は対抗するように大声で叫びました。しかし叔母は気にも留めません、
しかし突如横で見ていた旦那が「黙れババア」と言い、叔母をどつきました。
近くに見ていた女の子が拍手をし始めると、会場は拍手に包まれ、お坊さんも心なしか少し微笑んでいらっしゃいました。
叔母は黙り、無事私たちはお葬式に参加しました。
初対面の叔母をどつく事が出来る旦那の漢気に惚れ直した、そんな出来事でした。
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203 :おさかなくわえた名無しさん 2010/03/04(木) 19:59:59 ID:fZHfLRCB
10年ほど前、私は病院の栄養士だった。たまたま5月の連休に休みが取れたので、
久しぶりに両親と母親の実家(田舎)に行った。
母の実家には親戚一同が集まっていて、栄養士をしている私の話になったが、なんだか叔母たちにトゲがある。
『栄養士なんてど~せ料理なんかできやしない、頭でっかちな女なんでしょ』そんな空気だ。
久しぶりに会った叔母たちにそんな態度をとられて、私は落ち込むを通り越して、嫌な気分になっていた。

そのとき、うちの母が夕食を作ると言い出したので、私も手伝った。
メニューはその日の朝、山で取れた山菜とその他いろいろの天ぷらだ。
下ごしらえを終えて母が「じゃあこれ全部揚げてね」と私に言った。
20人分はあるだろう大量のネタを目の前に、私は臆することなく揚げ物をはじめた。

私が働いていた病院は献立作成などの事務は病院専属の栄養士がし、厨房業務は委託会社が請け負ってた。
で、私は委託会社の栄養士なので、現場で料理ばかりしていた。
しかも、私が働いていた厨房は設備が整っておらず、フライヤーはおろか、
自動的に油の温度を調節してくれるコンロもない。揚げ物は自分の腕と勘のみだ。

慣れた手つきで、サックサクの天ぷらがバンバン揚がる様子を、目を皿のようにして見つめる叔母たち。
そのうち、待ち切れなくなった叔父たちが宴会をはじめ、私が全部終えるころにはほとんどなくなっていた。
私の口にはあまり入らなかったが、皆がとてもおいしそうに食べる様子を見るだけで、大満足だ。

その後、叔母たちは私に対して、トゲのある態度で接することはなくなり、
むしろ、一人の大人として接してくれるようになった。

後日談…田舎で私の天ぷらの揚げ方が広まって、ボテッとしていた天ぷらがサクっとなったらしいww
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